2度目の妊娠も流産。。赤ちゃんごめんね

ぶどう子の掻把手術の後
子宮の中に残ってる細胞が綺麗になくなるまで
2年間は妊娠してはいけないということで
病院を聖バルナバ病院に変えて
毎日基礎体温を測り
そのグラフと尿を毎月病院に持っていく
という生活が始まりました 
と同時に
義姉がお産で里帰りしてました 

暑い夏のある日
私が汗をかきながら
昼食の準備をしている横で
姑が義姉に
「暑いし出前でも取ろうか?」と
話しているではありませんか
私が今 昼食の準備をしてるのに? 

義姉はさすがに
「作ってくれてるからいいわ」 と
言ってくれましたが
いったい私は何なのよ~って
さすがの私も頭にきたけど
その前に姪っ子から
「あのね おばあちゃんとママって
いつも喧嘩してて仲悪いのよ」
って聞いていたので
姑が義姉に気を使ってるのだと
思い我慢していました 
でも
数日後義姉が出産して
病院に生まれたての赤ちゃんを見に行った日
さすがに
赤ちゃんを失ったばかりの私にはきつくて
原付バイクに乗ってぷち家出しました 

結局2時間くらい友達とお茶して
恐る恐る帰ってみたら
不思議なことに何もなかったかのように
叱られることもありませんでした
きっと姑も
私の気持ちを理解してくれたのだなあと
この日は少し姑に感謝 

そして義姉が病院から退院してきたけど
毎日のように姑と喧嘩
姪っ子が言ってた通りだわ
と思っていたら
義姉が怒って3日も泊まらず
家に帰っていきました

義姉が帰った後
今度は姑の愚痴
「あの子は自分中心で世界が回ってると思ってる
昔も反抗してお父さんに殴られて
ざまあみろって思ったわ」って

うそ?
娘が殴られて「ざまあみろ」なんて
なんかこの家族ってやっぱり少し変?

あとあと
私が子供を産み育てる中で
子供が夫にを殴られることなんて
耐えれなかったから
とにかく夫を怒らせないようにしていた私
まあそれはだいぶ後のことですが


とにかく
同居して半年くらいでとうとう
「別居したい」と言い出した私
元夫も同意してくれたから姑に切り出すも
「お金ためてから出て行き」と言うことで
しばらくは台所を別にすることに
2階のベランダにトタンの屋根を作って
プロパンガスと一口コンロを置いて 
不便ながらも食事を別にし始めました
と同時に
働きに出ようと思ってた私に
「パート紹介してもらったからここへ行き」と
私のパート先を決めてきた姑に従い
タクシー会社の事務員をすることに
朝から夕方まで働き1年後
もう別居しなくてもいいや 
 って気持ちになり
パートで貯めたお金と元夫の給料を合わせて
2階の一部屋を台所にリフォームすることに

そんな時予定より早く妊娠
病院の先生に「産みたい」と言ったら
「ちょっと早いけどいいでしょう」
ということで
今度こそ元気な赤ちゃん産むぞ~と
パート行きながら
台所のリフォームと張り切っていた時
出血 

すぐに病院に行ってエコー見ると
先生から
「心音が聞こえないね だめだね」
妊娠3か月のことでした

即入院して翌日掻把という日
病室の隣のベッドで同じように流産して
泣き続けていた女の人を
「お母さんのせいじゃないよ
自分を責めたらあかんよ」って
なぜか励まし続けていた私
その女性が落ち着いて寝始めた頃
今度は私が布団をかぶって泣き始めました

「赤ちゃんごめんね」って 

Sometimes I Cry - I'm Only Human


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